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長崎地方裁判所 昭和36年(わ)157号 判決 1961年8月02日

被告人 近戸弘美

昭一二・二・二八生 無職

主文

被告人を懲役四月に処する。

未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。

本件公訴事実中、暴力行為等処罰に関する法律違反の事実について、

被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は浜崎文治と共謀の上、昭和三十五年十二月七日頃西川弘より背広上下一着(時価二万一千円位)を浜崎において使用するため借り受け、右西川のためこれを預かり保管中、同日長崎市大浦出雲町一番地の質商橋田克男方において、ほしいままに右背広を質金三千円で入質して横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(前科関係)(略)

(法令の適用)

判示行為につき、刑法第二百五十二条第一項、第六十条。

累犯加重につき、同法第五十六条第一項、第五十九条、第五十七条。

その刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処する。

未決勾留の通算につき、刑法第二十一条

訴訟費用の負担の免除につき、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書。

(有罪とした部分につき要した訴訟費用は被告人に負担させない)

(無罪部分)

本件公訴事実中、第二の事実は、「被告人は前記浜崎と共同して、昭和三十六年五月六日午前二時頃、長崎市勝山町十六番地の高比良好信方に赴き、同人の長男雅文の金沢昭二に対する十万円の慰藉料の請求を断念させ、右金沢に不正の利益を得しむる目的をもつて、右雅文の氏名を連呼しながら手拳で同人方玄関を叩いた上、父好信に対し、右雅文に会わせろ等と申し向け、以て同人(雅文を意味すると解する)に面会を強要した」というのであり、右は暴力行為等処罰に関する法律第二条第一項に当るとされている。

而して被告人の当公廷における供述及び本年五月三十日付司法警察員に対する供述調書、高比良雅文、高比良好信、金沢昭二の各司法警察員に対する供述調書によると、被告人は長崎市で一派をなすやくざの浜崎文治の弟分であつたが、昭和三十五年五月二日頃浜崎が小山隆治なる者より「自分の知人金沢昭二が先日屋台の女と旅館で肉体関係を結んだところ、その女の情夫である高比良某から十万円の慰藉料を請求されて困つている、あんたの顔だつたら相手も話を聞くだろうから話をつけてくれんか」との依頼を受け、金沢本人からも話を聞いて「慰藉料の十万円はあまりにも高い、そんな金はやる必要がない、俺が話をつけてやる」といつて交渉を引き受けた際浜崎と同席して右事情を知り、その後の同月五日午後十時頃浜崎が右交渉を果すべく「金沢の話を今からつけに行こう、高比良の家をさがしに行くからついてこい」と求めるやこれに応じて同行し、よつて右公訴事実記載の日時頃、その記載場所において、右浜崎と共同して右事実記載のような方法で既に寝についていた高比良雅文に面会を強要した事実を認めることができる。しかしながら右所為が「金沢に不正の利益を得しむる目的をもつて」なされたものであるか、の点を検討すると暴力行為等処罰に関する法律第二条第一項所定の要件である「財産上不正の利益を得または得しむる目的」とは、犯人の主観においてしかるのみでなく、その「不正の利益」は客観的に見て社会通念上許されないものであることを要すると解すべきところ、前記高比良雅文の司法警察員に対する供述調書(二通)金沢昭二の司法警察員に対する供述調書(二通)及び磯部弘子の司法警察員に対する供述調書によれば、右十万円の慰藉料請求の事情は次のように認められる。即ち右高比良雅文(当時二十才)はその姉が経営する屋台飲食店の女給をしている磯部弘子(当時二十二才)とかねて結婚の約束をしていたが同棲することなく、ただ随時肉体関係を継続していたものであるが、昭和三十六年四月二十六日頃の夜金沢昭二が右弘子の働く屋台で飲酒した帰りに「金がないから家にとりにこい」といつて弘子を同行させながら、いわゆる連れ込み宿に同女を誘い、同女も相当酔つていて気がゆるんでいたことからこれを拒まず、そのまま両名同宿して肉体関係を結んだところ、同月末頃右弘子からその旨告白を受けて憤慨し、内妻の貞操を侵害されたものとして右金沢から慰藉料名儀で相当額の金員を出させようと考え、翌月二日頃金沢昭二宅へ弘子を連れて赴いた上、金沢に対し「自分はこの女と結婚するようになつていたが、君は女が酔つているのを旅館に連れ込んで強姦した、どうしてくれるか」といつて責め、慰藉料として十万円支払うよう要求し、金沢が高いから五万円に負けてくれといつても応ぜず「話がつかんなら兄貴に出て貰つて話をつけて貰うぞ兄貴は刑務所を出たり入つたりしている男だからうるさくなる」などと畏怖するようなことを告げて、あくまで十万円を支払うよう強要した。また別に金沢の父母に対しても「あんたの息子のことを警察にいえば三年から十年は刑務所に行かねばならんぞ、このことは兄貴に話をつけさせようと思うとつたが兄貴は刑務所を出たり入つたりしており出て来ると面倒になるから自分が話をつけに来た」などといつて脅迫的言辞を弄したので、金沢も困却して勤務先の同僚浦川稔に事情を話したところ、浦川が「自分の友達がやくざを知つているので、その人に話をつけてやる」ということで、浦川から前記小山隆治に連絡され小山から浜崎文治に話がもち込まれた、という次第である。

してみると、高比良雅文が金沢昭二に十万円の慰藉料を請求していたというのは慰藉料請求に名を借りた恐喝行為に外ならないと認めるべきである。前記のとおり磯部弘子は高比良の妻でも内縁の妻でもなく、ただ夫婦約束を交していたというにすぎず、いわゆる水商売の女ではあるし、金沢と関係を結んだのも自分の意思に反してのことではないし、高比良において婚約中の女が他の男と関係した、ということで多少の精神的打撃を受けたとしても、それはさほど大したものではなく、十万円の慰藉料請求はあまりにも多額でありかつ請求方法も不法であつて、到底正当の権利行使と認めることはできないからである。

果して、しからば、浜崎及び被告人が右高比良の金沢に対する十万円の慰藉料請求を断念せしめる目的で前記所為に出たとしても、元来高比良の右請求自体が全体として不法、不正なものであるから、これを止めさせることによつて金沢がその支払を免かれ財産上の利益を得ても、これを以て「不正の利益」と認めることは困難である。また、十万円は多すぎるが、その中一部は正当の慰藉料として認められるべき分も含まれているから、この分の請求も全然断念させる目的であれば即ち金沢において不正の利益を得ることになる、との見方も可能であるが、仮にその見解をとるとしても、浜崎及び被告人において、高比良と会つて「話をつける」趣旨が慰藉料としては全然支払を要せず、高比良の要求はゼロまで屈服させる、とまでの意図を有していたとは本件証拠上これを断定することが困難である。以上の次第で、浜崎及び被告人の本件所為が、金沢に財産上不正の利益を得しめる目的を以てなされたとの点は、その利益の不正性が認められないので、これを消極に認める外はない。而して浜崎及び被告人が自ら財産上不正の利益を得る目的で右所為に出たものとも認められない。

しからば被告人が「財産上不正の利益を得または得しむる目的を以て」本件面会強請行為をなしたことは、その目的の点の証明がないので、刑事訴訟法第三百三十六条後段に則り右公訴事実については無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 和田保)

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